「あぁっ!? 先生ってば、またタバコ吸ってるー!」
「……山口か。ここは生徒が気軽に入っていい所じゃないぞ?」
「私毎回言ってますよね!? タバコは身体に悪いから吸ったらダメだって!」
「そうだな。幻聴が聞こえそうなくらい聞いてるよ」
「だったら何で吸ってるんですか!?」
「その前に私も毎回山口に言ってるよな? ここは一生徒が入っていい場所じゃないと」
 教師の――特に喫煙者にとっての憩いの場。
 喫煙ルーム。そんな場所に未成年である生徒が――彼女が入っていいわけがない。
「だって先生ってば、私に隠れてすぐにタバコ吸うんだもん」
「タバコを吸うくらい私の勝手だろうに。わざわざ山口の許可を得ないといけない方がおかしいだろ」
 いい年をした、というのは女として微妙なモノがあるが、成人している人間がタバコを吸うのに問題はない。
 しかも、喫煙ルームで吸っているのだ。誰かに文句を言われる筋合いはない。
「先生がタバコを吸うと直に先生の匂いを嗅げないもん」
「……」
「私はタバコの匂いじゃなくて、先生の匂いが嗅ぎたいんです!」
「堂々と言うことかソレは」
 本人を前にして堂々と貴女の匂いが嗅ぎたい。そんな台詞を言ってくるとは。
 残念な生徒だとは思っていたがここまで酷いとは思わなかったな。
「ほら先生。早くタバコを捨てて下さい」
「断る。コイツを吸うのは私の癒しだからな」
 味がどうこうではない。タバコを吸うという行為によって安心感を得る。
 一種の癖になっているんだろうな。勿論中毒になっていることもあるのだろうがな。
「むぅ〜。確かに先生に似合っててカッコいいけど」
「カッコいい、ね」
 女としてそう言われるのはどうなんだろうか。
 いや、『可愛い』や『綺麗』は私のキャラではないか。
「はい! 先生はすっごくカッコいいんです♪」
 満面の笑みでそんなことを言ってくる。
 全く……『可愛い』や『綺麗』でもないが、『カッコいい』とも思わないんだがね。
 普通の。とまでは言わないが、私なんてそこら辺に――何処にでもいるような女だろうに。
 どうやら彼女の目にはカッコいい女性と見えるようだ。
「――って、カッコいいのはいいですけどタバコはダメなんです!」
「……同じことの繰り返しだな」
 何回も話がループしている。別の話にしようとしても、修正されてしまう。
 まだ吸い始めたばかりだというのに、これでは落ち着いてタバコを吸うことが出来ないな。
「はぁ……っ」
「あっ! タバコ、止めてくれるんですか!?」
「山口がいなくなったら、また吸う」
 本当は今も吸いたいが、吸ったら吸ったでグチグチと文句を言われてしまうからな。
 だったら、今は諦めて後でタバコを吸った方がいい。
 多少、ニコチンが足りずにイライラすることになりそうだが……仕方がないか。
「私はこの先もずっと止めて欲しいんですけど……」
「ただの一、生徒である山口にそんな権利はない」
 本来であれば、今この瞬間の喫煙も文句を言われる筋合いはない。
 それでも、あまりにうるさいから文句を聞いてやっている。
「じゃ、じゃあ――誰だったらその権利があるんですか?」
「誰って、それは……親か恋人くらいじゃないか?」
 口うるさく私の行動にケチをつけていいのはソレくらいだろう。
「親か恋人……」
「あぁ、だから山口に文句を言われる筋合いは本来はないからな」
 何の為に喫煙ルームでタバコを吸っていると思っているんだ。
 文句を言われない為に、決められたルールの中で行動をしているのだから勘弁して欲しいな。
「だったら――私が! 私が先生の恋人に立候補します!」
「は……?」
「私が先生の恋人になったら文句を言っていいんですよね!?」
「いや、お前は何を言っているんだ?」
 何故、山口が私の恋人に立候補をしてきているのだろうか。
 恋人になってまで、私にタバコを吸わせるのを止めさせたいのか?
 一体、何が山口をそこまでさせるんだろうか。疑問というか、意味が分からないな。
「先生。私と恋人同士になりましょう!」
「…………」
「さぁ!」
 グイグイと顔を、身体を近づけてくる山口。
 本気か? 山口は本気で私の恋人に立候補しようとしているのか?
 様々な過程をすっ飛ばして――
「――って、待て。一旦落ち着け」
「私は落ち着いてます」
「落ち着いている奴が、いきなり恋人にしてくれなどと言うわけがないだろ」
「いきなりじゃないですもん。私、前々から先生のこと、好きでしたもん!」
「な――っ!?」
「いっぱい、いっぱい先生にアピールしてたのに全然気づいてくれないし、先生はカッコイイですけど鈍感過ぎます」
「……」
 何というか、言葉が出ない。
 頭の中が真っ白になって、何を言えばいいのか。何を考えればいいのか分からなくなっている。
「先生」
「うぐっ」
「恋人になって、くれますか?」
 真剣な眼差しの山口。
 どうやら本気でこんなふざけたことを言っているらしい。
 少し前は、私の匂いがどうのこうの言っていたはずなんだけどな。
 だが待って欲しい。碌に思考は纏まらないが、きちんと考えないと。
 私は教師で山口は生徒だ。
 その時点で恋人とかいう考えを持ってはいけない。いや、それ以前に私は山口をどう思っているんだ?
「先生。返事、聞かせて下さい」
「わ、私は……」
 どうすればいい。どうしてこんなことになった?
 私は。私は……私は――ッ!
「……考える時間が欲しい」
「……先生ってヘタれ?」
「う、うるさい! 大人には色々とあるんだ! ソレを少しは察して欲しいんだけどな」
「今すぐはダメなんですか?」
「ダメだ」
 今の私には時間が必要だ。
 クソッ! せっかくタバコを吸って癒しの時間を過ごしていたはずなのに、妙な感じになってしまった。
 こんなの私のキャラじゃないだろうに。これも全部、山口のせいだ。
「分かりました。でもでも、絶対に返事は貰いますからね! あと、タバコは止めて下さいね」
「考えておく」
「じゃあ、失礼しますねー♪」
 喫煙ルームに入ってきた時と同じような勢いとうるささで、出ていく山口。
 そして、一人喫煙ルームに残された私。
「……今日はタバコを吸う気分になれそうもないな」
 頭の中がグチャグチャで気持ちも妙にざわついている。
「山口への返事、か」
 それも考えないといけないし、色々と憂鬱だな。

 さて。どのような答えを出すべきなのだろうか。
 今一度、自分の気持ちと向き合って考えないといけない。
 全く、本当にこんなの私のキャラじゃないのにな。困ったものだ。
 それでも私の顔は何処か嬉しそうな笑みを浮かべているのであった。

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