たった一つの言葉。短い、短い台詞。
 その言葉を伝えるのは簡単なはずなのに、その言葉を言うことが出来ない。
 きっとこの言葉を伝えてしまえば、私とあの人との関係が崩れてしまうから。
 伝えたい。だけど伝えることが出来ない。
『好きです』たったそれだけの言葉。
 それを伝えることも出来ずに、今日も私は遠くからあの人を眺めている。

 始まります。


「はぁ……」
 溜息を吐くのは、これで何度目だろうか? 今日一日で何回も溜息を吐いている。
 溜息の――憂鬱とした気分の原因。それは分かりきっている。
 高町なのはさん。彼女のことを想っているが故に、私はこんなにも苦しんでいる。
『好き』『愛している』そんな言葉を彼女に伝えることが出来たら、どんなに楽になれるのだろう。
 だけど、私がソレを伝えることはない。
 この想いは決して成就される願いじゃないから。
 こんな私のことを、彼女が好きになってくれるはずがない。
 あの人は眩しくて、周りを笑顔にしていってしまう。そんな人だから、きっと私には合わない。
 それにきっと私よりも素敵な人が、あの人の前に現れる。
 そんなことを考えると、益々想いを言葉にして伝えることが出来なくなる。
「ほんと、バカだわ……」
 確認も取らずに勝手に思い込んでいる。
 それは凄くバカらしくて、愚かなことだということは理解している。
 だけど、怖いのだ。大好きな彼女に拒絶をされてしまうという可能性が脳裏にチラついて動くことが出来ないのだ。
「バカで、どうしようもないくらいバカで……」
 もう少し素直に愚直に生きることが出来たら――そんなことを思ってしまう。
 しかし、現実は自分の思い通りにはいかなくて……こうして遠くからあの人を眺めているだけだ。
「ぐすっ。少し泣きたくなってきたわね」
 早く――もう少し早くこの気持ちを理解することが出来たら。あの人のもとで教えを乞うていた時に理解していたら……
 少しくらいは違う結果を見ることが出来たのだろうか?
 今よりは積極的に、近くで彼女と同じ時間を過ごすことが出来たのだろうか?
 だけど、もう何もかも遅い。過ぎた時間は取り戻すことが出来ないのだから。
 ――本当にもう遅いの? 今からでも取り戻すことは出来るんじゃないの?
 そんな妄言が聞こえてくるけど、その声を無視する。
 私は見栄を張って、素直になれない人間だから。後悔しても、それを改善することが出来ないから。
 ただただ、見ていることしかしないし、出来ない。
「そろそろ帰ろうかしら」
 これ以上、彼女の姿を見ているのは苦しい。
 見なければ痛みを感じることはない。嫌なことからは目を逸らしてしまえば、楽になれる。
 ……でも。
「また次も見にきてしまうんでしょうね」
 それでも私は彼女のことが好きだから。遠くからでも彼女を見ていたいから。
 だから苦しくても、辛くても見にきてしまうだろう。
 自分のバカみたいな思いに苦笑いを浮かべながら、彼女を背にする。
 スタスタと歩いて、彼女との距離がどんどん離れていってしまう。
 今なら何を言っても、彼女に聞こえることはない。どんな言葉を述べても虚空に消えるだけだ。
 だからこそ、彼女に言葉を送ろう。直接送ることは出来ないけど、本人の耳に届かないのなら大丈夫よね?
 小さな、小さな呟き。そんな呟きを私は彼女に捧げる。

「大好きですなのはさん。貴女を愛しています……」と。

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